椿歳時記

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バーチャルな世界

先日、無縁社会について書きましたが、あの番組の中に出てきた「ネットのみでつながっている社会」のこと。
NHKは、そうしたつながりは、無縁社会の一部のような放送をしました。

しかし、取材を受けた側は、それもひとつのコミュニケーションで「つながり」であると主張して、苦情があったとか。

ネットでのコミュニケーション。相手の顔を知らない関係性。本当は実態と違うかも知れない相手。性別さえも本当のことはわからない関係。

悪く言えばいろんなことがあるとしても、それがあって生きていられる人がいるのも事実で、その人が人とのコミュニケーションができないということとは限らない。

ネットなら本音が語れるが、実社会では、言えないこともあるし、ネットなら知らない人だから、実生活に影響がないとか、ネットだからいつでも気分次第で断絶することもできる。

一方では、そこで知り合って人は幸せになることもあれば、フェイスブックやツイッターのように、それで民主主義革命が起きることも事実。

それはそれで、特性。

経験のあるバーチャルと未経験のバーチャル
つまり、経験のないことをバーチャルで体験することと、過去に実際に経験があることを、バーチャルでも経験する。
これは大違いであることは違いない。
会ったことがある人と会ったことがない人。と同じかもしれない。

人の痛みは想像できても、自分で実感はできない。
でも、自分がその経験があれば、人のその痛みも想像くらいはつく。

実態とバーチャル
バーチャルはツールで、実態である保障はない。
でも、実態よりも本質がある場合もある。

当たり前ですが、要はツールとして、使う「ひと」次第ということですね。

| 社会とミッション | 22:25 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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